食を支える人に聞く|大森まいこ先生インタビュー

はじめに
「もう口から食べることは難しい」
その言葉を受け止めきれず、不安や戸惑いを抱える患者さんやご家族は少なくありません。
一方で、嚥下障害には誤嚥や窒息といったリスクもあり、「食べたい」という思いと安全性のバランスをどのように考えるかは、とても難しい課題です。
今回は、長年リハビリテーション医療の現場で摂食嚥下診療に携わってこられた大森まいこ先生に、「食べること」を支えるうえで大切にしていることや、患者さん・ご家族への思いについてお話を伺いました。
インタビューにご協力いただいた先生

大森まいこ先生
大井中央病院 副院長
リハビリテーション科医
リハビリテーション医療の中の「食べること」
――先生が摂食嚥下の分野に関心を持たれたきっかけを教えてください。
医学生時代の実習で、専門分化された医療だけでなく、患者さんの生活や人生全体に関わるリハビリテーション医療に魅力を感じたことが始まりでした。
その中でも「食べること」は、毎日の生活に欠かせないだけでなく、多くの方にとって人生の楽しみでもあり、摂食嚥下というのは非常に重要な分野です。
私自身も食べることが好きなので、口から食べられないつらさは想像できます。
だからこそ、少しでも「食べる楽しみ」を取り戻していただきたいという思いで、摂食嚥下の医療に取り組んできました。
食べる喜びと、安全性。その両方を大切にしたい
――摂食嚥下支援を行う中で最も大切にしていることは何ですか。
「口から食べる喜び」は人生にとってとても大切です。
しかし、嚥下障害では窒息や誤嚥という命に関わるリスクもあります。
以前、重い嚥下障害で入院されていた患者さんが、定年退職の日に奥様がお祝いのお赤飯を一口食べさせたところ、窒息してしまったことがありました。
幸い命は助かりましたが、「一口だけなら」という思いが大きな事故につながることもあります。
一方で、「口から食べられないなら生きていても意味がない」とおっしゃる患者さんも少なくありません。
医療者として安全を守る責任があります。しかし、患者さんやご家族の思いを無視することもできません。
だから私は、リスクだけを見るのではなく、
究極の選択に医療者としてどう向き合うべきかを常に考えています。

患者さん、ご家族の希望を少しでもかなえられるように、できる限りのことをする。
これが私の大切にしている姿勢です。
また、リハビリテーションはすぐに結果が出るものばかりではありません。
ある患者さんは、重度の嚥下障害で全く食べることができませんでした。
しかし希望を捨てず、毎日コツコツと訓練を続け、数年かけて再び口から食事ができるようになりました。
極端な例ではありますが、日々の積み重ねが大きな変化につながること、そしてリハビリテーションを続けることの大切さを、患者さんから教えていただきました。
思いや希望を聴く、目標とリスクのバランスをとること
――患者さんやご家族とのコミュニケーションで大切にしていることはありますか。
まず大切なのは、ご本人やご家族がどんな生活を望んでいるのかを知ることです。
これは摂食嚥下だけでなくリハビリテーション全般に言えることであり、その希望に向かって段階的な目標を立てていくことが、私たち医療者の役目だと思っています。
希望とリスクのバランスを丁寧に説明して、希望を捨てずに、モチベーションを持って取り組んでいただけるような言葉選びも心がけています。
「食べられない」で終わらせない医療へ
――現在の医療現場で課題を感じることはありますか。
近年は嚥下障害のリスクが広く知られるようになりました。
その一方で、一度「食べることは危険」と判断されると、その後の再評価やリハビリテーションにつながらないケースも少なくありません。
急性期では体調が十分に回復していない時点で評価されることもあり、その後の回復の可能性まで考慮されないまま経過してしまうことがあります。
また在宅では、嚥下機能の評価やリハビリテーションを受ける機会自体が少なく、改善の可能性があっても、そのチャンスを持てない方もいます。
さらに、ご家族の「食べさせたい」という思いと、ご本人の気持ちが一致していないこともあります。
摂食嚥下リハビリテーションでは、ご本人の「食べたい」という気持ちが何より大きな力になります。
ご本人が食べたいと思っていないのに、無理に進めようとしてもうまくいきません。
ご本人の意思を大切にしながら支援することが重要だと考えています。

患者さん・ご家族へのメッセージ
――最後に、食べることに悩む方へメッセージをお願いします。
摂食・嚥下障害は、「食べる楽しみ」が奪われる、とてもつらい経験です。
各所でリスクについて説明を受け、不安になる方も多いと思いますが、それがこの先ずっと続くとは限りません。
例えば、病気になった後に富士山に登ろうと思って、何の準備もトレーニングもせずに急に登るのは当然危険なことです。まずは家の中を歩くことから始め、少しずつ体力をつけ、筋力を鍛え、山の知識を学び、装備を整えれば、いつか山頂へ近づくことができます。
嚥下リハビリテーションも同じです。
焦らず、一歩ずつ積み重ねることで少しずついい方向に向かうと思います。
そして、
「○○を食べたい」という思いは、リハビリテーションの大きな原動力になります。
その願いをかなえられるよう、多くの医療職が連携しながら支えていきたいと思っています。
大森まいこ先生

大井中央病院 副院長
リハビリテーション科医
- 日本リハビリテーション医学会 専門医・指導医
- 日本摂食嚥下リハビリテーション学会 認定士
- 身体障害者福祉法第15条指定医(肢体不自由、音声・言語・そしゃく・嚥下)
- 難病指定医
- 日本臨床神経生理学会 専門医(筋電図・神経伝導分野)
嚥下機能を詳しく診るための検査実績は、嚥下造影検査(VF)約7,000件、嚥下内視鏡検査(VE)約1,000件。現在は在宅医療にも力を入れており、検査機器を携えて往診に赴くこともある。
好きな言葉
「求めよ、さらば与えられん」
~編集後記~
嚥下障害のある方が「食べたい」という思いを大切にしながら、安全とのバランスを考えていくためには、医師をはじめとした多職種の理解と連携が欠かせません。
今回の取材では、大森先生が患者さんやご家族一人ひとりの思いに真摯に向き合い、「できる限り希望をかなえたい」という姿勢で診療にあたられていることが、言葉の端々から伝わってきました。
食べることに悩む方や支える方にとって、本記事がこれからの一歩を考えるきっかけになれば幸いです。

※本記事に掲載している写真は、大森先生のご厚意により掲載許可をいただいています。
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